きんぴら通信。2011年9月号

  • 『9月11日』 by店長
    店長の誕生日ではありません。反原発の全国100万人アクションの日であります。大きな団体やグループなどが一斉に反原発アクションをしようと計画されている日です。数人集まらなくても個人でできることを自分なりにやってみるのもいいかと思います。店長はこの日近所の人達と原発反対のプラカードを持って駅前を行進する予定はまったくありませんが、お地蔵様を置いている小屋の屋根のペンキの塗り替えと、公園の柳の木の剪定作業をすることになっています。人集まりの場所なので、それとなく真面目に聞いてくれそうな人に精一杯の勇気を出して
    「今日は反原発の全国100万人アクションの日なんですよね」
    「今晩のニュースが楽しみですね」
    政治の話や世論から外れる話というのは人集まりの席では話さないようにするのが当たり前となっているようです。今日の天気や近所の誰々の話と身近な人や場所の話から外れることははなかなか出来ません。日本がどういうことを考えてどこへ進もうとしているかなどという堅い話は討論会では話せますが、世間話にはならないのです。
    店長のアクションは隣の人に真面目に原発反対の言葉を発することから始まりそうです。
    新総裁の野田さんはマスコミではいい人ぶりが多く紹介されていますが、超原発推進派の一人と言われています。経団連も電力会社もきっと大喜びだったのではないでしょうか。そう言えば野田さんの原発に関しての意見が殆ど出てきていないことに少し不思議感がありましたが・・・・・・・超原発推進派では困りました。
    これから一体何をしてくれるのかあまり想像したくない人も多いのではないかと思います。
  • 『8・07』 by葉
    ディズニーランドに行くバスがあった。
    8月7日(日)のAM5:30。塩尻消防署の横にある南側市営駐車場。
    朝のラジオ体操には少々早い時間帯。空が明るみ始める中、三〇余名の人々が、バスの前へと集まっていた。
    駐車場に新たな車が一台停まる。中から出てきた一組の親子が、
    『すみません、ディズニーランドのツアーバスはここですか?』と、代表者らしき人物に話しかける。
    『いえ、違います。それはあちらのバスですね』話しかけられたその人は、そうやんわりと断って、少し離れたもう一台のバスを示した。
    『はあ、そうですか……、どちらに行かれるんですか?』
    多様な年代の荷物を抱えた人々を見て不思議に思ったのだろうか。
    母親らしい年配の女性が興味本位で訊ねてくる。
    『岩手県の釜石です。三泊四日で被災地ボランティアに行くんです』
    『あ、いや、そうでしたか……』
    親子連れはどことなくバツが悪そうに、そそくさと列を離れていった。
    AM6:00。参加者全員の確認が無事完了し、ボランティアバスは走り始めた。
    事の発端は市民タイムス。一ヶ月程前、山形村の社会福祉協議会、通称社協の災害ボランティアバスパックの参加者募集を目にしたことから始まった。
    東北のボランティア活動に行きたいという気持ちは、以前から持っていた。
    被災地の実情を経験として刻んでおきたい。他人事として忘れたくない。
    現地の苦痛を知りもしないで、『繋がろう』なんて空しくないか?
    そういう気持ちが強くあったから。
    ただ、そこに載っていた募集では、『山形村の応募者を優先的に採用する』とされていたので、地元塩尻の社協の方にまずはあたってみることにした。
    8月7日(日)〜8月10日(水)までの三泊四日。
    活動先は岩手県釜石の山田町。
    参加費1万5600円。
    決まりだった。
    丁度、今年は夏休みをとろうという話をしており、8日(月)から16日(火)までの間は仕事を休むことになっていた。
    また、放射能汚染が深刻な福島県ではなく、岩手県であるということも、背中を押される要因となった。放射能の健康被害は、年寄りと比べて若者の方が多大な影響を受けてしまう。自分は現在24歳。自重するにも自棄になるにも微妙な立ち位置。判断の難しい年頃なもんで、なんかすごい複雑なんです。
    きんぴら店長こと父親も参加を熱望していたのだが、いつも通り体調が芳しくなく、加えて帯状疱疹のケが出始めていたので、今回は泣く泣く留守番することになった。
    高速に乗り1時間ほど走ったあたり、群馬のサービスエリアで10分停車。
    疲れが体に溜まらないように、バスから降りて柔軟体操。
    再び走り始めたところで、自己紹介の時間となった。
    前の座席からマイクがまわる。
    全体的に教員が多い。最年少は中学生の男の子。最年長は70代のお爺さん。30人中11人が女性。諏訪や松本、市外在住の方もチラホラ。
    『少しでも復興の手助けになりたい』
    『被災地を実際に見て経験しておきたい』
    『自分が体験したことを子供達に伝えたい』
    といった動機が多かった。
    中には『以前にも今回と同じ場所に支援に行ったことがあり、その時と比べて復興がどれくらい進んだのか確かめたい』というような話もあった。
    それからどれだけ走ったのか……、うつらうつらと船を漕ぎながら揺られていると、やがて大きなSAに停まった。
    『昼時になったので、ここで各自食事を摂ってくれ』とのこと。
    SAの名前は……忘れた。
    というか半分寝ぼけていたので確認してませんでした。
    身体のフシブシを鳴らしながら外に出る。
    食事コーナーを探し、店内をぶらつく。なんとなく土産コーナーに目をやると、福島県の桃が置かれていた。
    思わずギョッとしてしまう。
    放射能検査の結果表示は、当然のようについていない。
    風評被害も厄介だけど、確認できない放射能被害はもっと厄介だ。なるべく早く、検査結果の表示を義務化してほしい。
    目を逸らし、土産売り場をそそくさと離れる。
    少し迷ったが、最終的にSAの二階の店で、みそかつ定食を食べることにした。すり鉢で胡麻をゴリゴリ擦って、味噌と合わせて美味しく頂く。
    ご飯に対してカツのボリュームが多すぎるけど、まあ、大体こんなものだと思う。
    合間合間に、味噌汁をすすり漬物をかじる。
    カツに添えられた刻みキャベツ。この野菜にも放射能が付いているかも分からない。
    そんなことを考えながら残さず全部平らげた。
    会計を済ませ、外に出る。
    折角だから木陰のベンチで足を伸ばそうと思ったのだが……駄目だ、暑い。
    東北は長野よりも涼しいだろうと思っていたら……大甘だった。
    車内でクーラーが効きすぎていたら嫌だと思い、長袖でいたのがまずかった。
    結局、軽く体操を済ませ、さっさとバスに戻ることにした。
    再びバスが走り始める。
    時々ガタンとバスが揺れる。うーん、これも地震の影響で道路に段差が出来たのだろうか。と、小さな事でもすぐに地震と結びつけて考えてしまいそうになる。
    広がる田園。点在する家。窓の外を流れる景色はどことなく新潟に似ていた。午後3時、高速道路から下りる。壊れた家屋はまだ見えない。
    ぐねぐねとした山の渓谷を行く。
    やがてバスは遠野に入った。川を覗くが河童は見えない。
    心配だ。放射能という新妖怪に追い出されてたりしないだろうか。
    めがねばしの下を潜ってバスは進む。
    遠野の道の駅『風の里』で休憩する。外にはテントが張り出され、ソーメンカボチャや、でかい瓜。焼きモロコシや、花鉢などの農作物を販売していた。
    駐車場の外れには、発電用の巨大な風車がぽつんと一本立っている。
    羽根の形が寺泊のものとは異なっている。プロペラのようなひらべったい形ではなく、丸棒に螺旋状の溝を彫ったような感じだ。風が弱いせいなのか、あまり回ってはいなかった。
    スタンドに立ち寄り、ガソリンを給油する。大量に補給するため時間がかかっているようだった。
    結局全部で146リットル入ったとのこと。恐ろしい。
    そして、ようやく釜石市の道路標識が現れた。
    ここからが被災地。頭の中にテレビで目にした映像が蘇る。
    寝ぼけた頭を叩き起こして、外の様子に注意を注ぐ。
    だが、予想に反して、荒涼とした風景はいつまで経っても現れなかった。
    道路に瓦礫も落ちていないし、特別壊れた家などもない。
    フェンス越しにそびえ立つ大きな製鉄?工場が、白い煙を噴き上げている。
    栄えていないが寂れてもいない。田舎地方の日常風景。
    なんだ。意外と、こんなものなのか。正直、気が抜けた。
    岩手県ということもあり、ここは被害がすくなかったのか。
    3・11からおよそ五ヶ月。案外、復興活動も進んでいるのかもしれない。
    そんなことを考えた。
    しかし、人混みのある駅の前を通り過ぎた頃、それは唐突に現れた。
    瓦礫の山。
    稼動している工場の敷地に、ゴミの山ができていた。それを境にしたように、周囲の景色が一変していく。
    半壊した家屋。
    散乱した家財。
    壁に描かれた赤いスプレー。
    陸で転覆した漁船。
    左右の建物全てがそうだ。
    肉を削がれた骨組みだけの家々。その骨さえも折れ曲がったもの。
    そこいら中に生々しい、家の残骸が転がっている。
    警察署も例外ではなかった。
    ガラスは砕け、机は流れ、灯りの一つも見当たらない。
    広々とした駐車場には動く車は一台もない。
    錆びつき、ひしゃげた車達の安置場と化していた。
    バスは止まらず走り続ける。相変わらず車道だけは綺麗に片付いているだけに、なんとも言えない違和感があった。
    自分がここにいる気がしない。
    突然、バスの窓全体がテレビ画面に変わってしまったような気がした。
    まもなく、バスはホテルに到着した。
    陸中海岸グランドホテル、別館。なぜ本館でなく別館なのかは、また後日知ることになる。
    時刻は既に午後5時半。
    灰色の風景。シャッターの降りた商店街。寂れた観光地という雰囲気。
    人は一人も歩いていない。
    バスから重い荷物を下ろす。
    部屋は女性陣と男子陣とに別れて、それぞれ宴会場でまとめて寝泊まりするとのこと。
    夕食の時間を確認すると、1時間ほど空きがあったので浴場に向かう。
    窓を開けると、海がすぐ目の前にあった。
    津波の時はどう見えたんだろうか、と想像しながら湯舟に浸かる。
    夕飯のメニューは鯵?のフライだった。身が厚くて旨かった。
    8月7日(日)、一日目終了。(つづく)
  • 「お知らせ」
    ★古本販売はじめました。
    佐藤紅緑の『少年聯盟』や、柳田國男の『遠野物語 増補版』等あります。只今、童話の類を重点的に置いていこうと画策中。
    まだまだ冊数は少ないですが、ボチボチと時間をかけて増やしていきたいと思ってます。
    ★9月24日のラ・ピンキはお休みします。
    24・25日の二日間、辰野町荒神山公園で行われるクラフトと産直フェアー(おてんとさんぽ)参加のためにお休みいたします。
    ★今年度収穫した麦粉の販売開始しました。
    今年から黒小麦の全粒粉も販売を開始しました。それから北海道のパン用粉に自家栽培の南部小麦の全粒粉を2割加えたオリジナル粉も販売を始めました。
    スペルト麦は相変わらずフスマ部の質が硬質のため、やはり全粒粉として扱うのには無理があるようです。今年からスペルトだけは精製紛にして販売したいと思います。値段はぐっとお高いものになってしまいますが、ドイツからの輸入ものと同じ値段で揃えようと思っていますので、宜しくお願いいたします。
    近年、国産小麦粉は外国麦の価格高騰の影響を受けて毎年のように値上がりしています。
    今月は円高ということもあり、輸入品が安く手に入るようですが、麦の値上がりは生産地での不作が主な原因ですので、不作から豊作へと転じなければ、やはり根本的な解決とはなりません。
    国産小麦も心配です。放射能汚染地区の広がりと収束の先の見えない現在、特に麦のように生育期間が長いものは、多く影響を受けやすいのです。今のところ塩尻周辺で放射能汚染が確認されていないのがせめてもの救いです。自分たちもいつまで安全なものを作り続けられるのか、心配するところであります。
    今年8月に収穫した麦の放射能検査を依頼しました。
    同位体研究所による総放射能量検査(放射性ヨウ素換算)で『不検出』という結果でした。きんぴら農園の農産物をこれからも安心してお買上いただきたいと思います。

    ★9月10月は出店イベントが続きます。

    ●クラフトと産直フェアー、おてんとさんぽ日時 9月24日(土〉25日(日)
    場所 辰野町荒神山公園
    ●夜の森のマーケット
    (手作りクラフト・焚き火・朗読・映写・シチュー)
    日時 10月8日(土)
    場所 塩尻市 きんぴら工房
    ●クラフトピクニック
    (クラフトを実際に体験できます)
    日時 10月15日(土)16日(日)
    場所 松本市あがたの森公園
    ●虹の市
    (産直とクラフト)
    日時 10月23日(日)
    場所 高遠町 公園
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