きんぴら通信。2012年7月号

  • 『MD90で2泊3日、福井へのツーリング』 by店長
    雪のある時期、冬に出発しようかと思っていた福井までのツーリングだったが、今回、田植え後と麦刈り農事の隙を突いて決行してみた。
    気温も暖かくなり緑が綺麗な季節となり、災難講じ適期なり、である。
    朝6時10分に自宅を出発した。
    タイカブで出発する予定でいたのだが……。
    数日前に松本市のアルプス市場までパンの配達と食協への提出物を出しに乗ってきた。デモストのつもりだった。久しぶりに乗ってみるとやはりシートと尻の愛称が悪いことを改めて確認することとなり、長距離ということもあり、エンジンの調子よりも乗車体制の良さの方をとることにした。という訳で赤カブ君に乗って行って来た。
    富山へ抜ける道として日本海側にある糸魚川へ抜ける道をやめて、峠越えにはなるが、もっと短距離となる岐阜の平湯を通るコースを選んだ。せっかくなので少し遠回りにはなるが、乗鞍高原のアルムにも顔を出すことにした。
    その日の乗鞍高原は天空マラソンと称して沢山の市民ランナーで賑わっていた。路上でバスを待っているらしい人達のいでたちから、どの人も皆さん走ることが大好きでたまらないって感じだった。
    アルムの店内に入るとお母さんが僕の顔を見るなり「こしやまくん、はしりにきたのー」だった。
    毎日パンと農事しかやっていない人が、突然長距離を走るってことは絶対にないのだった。
    暖かいココアでもいただいて店を後にしようと思っていたが、フルーツ入りのカスピ海ヨーグルトまでご馳走になってしまった。うちでいただくきのこヨーグルトにもやはり似ていたな。今度来るときにはしっかり現金を落とさないといけないなと反省だった。
    アルムを後にしてせせらぎの湯に10分くらい浸かってから国道158号線に戻り、安房峠に向かった。
    平湯に出るにはトンネルもあるのだが、車専用となっていて、バイクは通ることができない。
    安房峠に入ってすぐに上高地の西にそびえる奥穂高岳が見えた。
    それから5分くらい上ると今度は焼岳が見えてくる。白い蒸気が吹き上がるのが見える。
    峠の頂上から少し下ったところに見晴らしのよい場所がある。乗鞍岳を正面に初めてであった雄大な景色だった。この道は若いころ2回、新婚旅行で1回バイクと車で越えている。バイクのギヤは2段目だけとなって時速30キロで原付バイクらしく上り詰めていった。峠の頂上に行くまでに奥穂高と焼岳が谷の向こう側で近くに見えた。峠の頂上から少し下ると乗鞍岳の眺めの良い所があった。ここで休憩だな。持ってきた干しりんごを1つとポットの水を飲んだ。しばし足元から広がる緑色した大きな谷底を見下ろした。雄大な眺めだった。峠道はこれからこの谷底へとぐにゃりぐにゃりと下っていくのだった。
    下りはこけさえしなければ90のカブでもスピードが出せる。コーナーを楽しみながら走るが対向車がほとんどないおっと、猿が3匹道端からこちらを見ているぞ、小猿もいるね。
    かと思うと突然オフロードバイクが現れ景気よく走り去っていく。バイクはこの道を通るしかないのでやはり多いみたいだ。
    平湯に下りて突き当たりの交差点、どちらへ行こうかと迷ってバイクを止めるとエンジンまで止まってしまった。ここで予備タンクにコックを切り替えることとなる。後1リットルだから少なくても30キロくらいはまだ走れるかな。
    左に曲がって国道158号線から471号線のバイパス道に入って神岡に向かった。
    ガソリンスタンドに・・・と思いながらすでに40キロを越えている。どうやらここは神岡の町らしい。もういつエンジンが止まってもおかしくない状況だ。バイパスばかり走っているからいけないんだとひらめき、バイパスから外れる左前方に見える日産の看板を目指した。お店の中の人にガソリンスタンドを聞いてみると、後100メートル先にあると教えてくれた。「たすかったー」つい言葉が出てしまった。店員さんはにこっと笑いながらその先10メートルにもう一つあるよとおまけの一言までくれたのだった。スタンドで満タンにしてもらったら4.2リットルも入った。満タン4リットルのタンクだと思っていたが、違っていた。4.2リットルタンクだ。エンジンの調子は排ガス規制のための余計なパイプを遮断してからとても良くなっているのが分かった。この峠道を走っていてもバックファイヤーが1度もないのだった。吹き上がりも良くなっている。愛知県のひだまりさんところまで行ったときには30から35キロしか走っていなかったのだが、40キロは走っているようだ。穏やかな走りをしていれば50キロは走りそうだ。今回満タンにして予備タンまで3リットル、その3リットルで130キロ走っている。時速60から70で走っていてリッター43キロ走っていることになる。ブレーキもワイヤーのさび取りをしてから次第に効くようになってきている。今では急ブレーキも十分できそうだ。
    富山へ抜けていく道と並んで高原川の水が連れ沿って流れてくれている。
    471号線は神岡を過ぎると41号線になり道幅も広くなった。時間的なこともあるだろうがバイクの量が急に増えてきた。それもほとんど大型バイクの集団で、おいらみたいなおっさんばかりだ。若い学生のころに学校登山をしていた人達は今登山を楽しみ、自転車やバイクでサイクリングやツーリングをしていた人達はあこがれていた大型バイクに乗り始めた。今のゲーム時代に育った若者たちはおっさんになってから映画館ほどの大型画面で最新集団ゲームを3Dで楽しむのだろうか。まあ、無理だろうね、人気とお金と資源と経済成長には底と言うか限界ってのがあるのだから。金がないと遊べない者はおちぶれる運命なのだ。おっと話がそれ始めてしまったワイ。
    岐阜の長い谷間を抜けて富山市に入る手前で進路を右にとって魚津市に向けた。魚津市の片貝川の上流に洞杉という巨木の群生地がある。そこへ行ってみたいのだった。その場所は黒部渓谷鉄道の西側にある僧ヶ岳・駒ケ岳を挟んだちょうど反対側あたりになる。山並みや地形を頼りに地図を見ずに農道を走った。小さな川が走り田んぼや山の緑が広がっている素敵な丘陵地帯だった。人々は車やバイクを農道に止めて田んぼの除草作業真っ盛りであった。田面ライダーに乗ってる人やエンジンつき除草機を押している人や毒薬【除草剤】をまき四輪専用大型車で田んぼの中を走っている人、もちろん手作業で腰びくに雑草を入れている年よりも見かけた。
    今日は日差しは強いが青空はなく、空は白く一面輝くばかりだ。右側に連なっていた山に近づくたびに進路を左にとって山と平行して進む農道を探すことになる。少し不安になるが迷子になることはない。が、曲がり曲がりの迷い道なので時間のロスはひどいものだ。流石に一度だけコンビニを見つけたときに地図を出して今どこにいるのかを訊いたのだった。距離計は100キロを超えそうだ。地図上の距離では48キロくらいだったので、相当遠回りしている。
    橋の上に出たときに初めて日本海を見た。地図上では海に近いところにいるだろうと言うことは分かっていたが、やはり実際に目で見るとうれしいものだ。遠くまで来たと感じる。自分がどこを走っているのか分かりはしないが、またしばらく走っていると洞杉と言う看板を見にする。もう11時11分になっていた。ガソリンスタンドはまったく目にしなかった。先ほど予備タンに切り替えたばかりだ。ここから7キロ先とある。7キロなら往復は楽勝だ。ガソリンスタンドを後回しにして洞杉を目指した。
    (後日MD90のタンク容量を調べてみました。5リットルでした。予備1リットル位とありましたが、今回のツーリングで不確かながら感じたのは3リットルで予備タンになり、予備タンク容量が2リットルくらいということかと今思っています。予備は1リットルあればいいと思うので、タンク内の予備タンクとの境となる落し口のパイプの長さを短くしようかと考えています。)
    渓谷の入口にある民家は長野では見られない造りである。雪が深いのでその重みで屋根が壊れないようにと柱材のような太いネダが使われ、その間隔を埋めるように普通の太さのネダ使われている。数は倍近くありそうだ。ネダの先はただ切り落とされているのではなくカーブをかけて切り口が白塗されていた。
    片貝川の渓谷に入っていく林道からは両岸に植林された杉が目に入ってくる。ほとんどが枝打ちされており手入れがされている。我が山の近辺では杉の植林地があるがほとんど枝打ちも間伐もされておらず悲しい限りの状態だ。書く言う私もその口である。情けないがオイラには高いところの枝打ちをする技量がないのだった。
    細い林道を走って行くとやがて広いトイレ付きの駐車場が現れた。ここから歩いて・・・・・とあるが、洞杉まで歩いて50分とある。片道?、オット往復だとうっかり2時間かかっちゃったりしそう。そう思ったら先へと続いている道をまだ走っていくしかないと判断して、すまない気持ちでゴー。そこから3分走っただろうか少し道幅広くなったところで洞杉の案内看板が現れた。ここから歩くと700メートルでそこにたどり着けるようだ。林道はもっと奥まで通じておりそこまで行くとほんのすぐ手前の川の対岸までいけるようだった。朝からバイクに乗りっぱなしなので、700メートル歩く方を選んだ。バイクには荷物もメットも鍵もつけっぱなしで離れる。すこ〜しだけ心配もするが、ここまで来て盗む奴はいないだろうと判断した。
    道は車道なのだが車が入れないように車止めがある。藪道でないのでクマや蛇の心配はない。急登の道で谷底の川から随分離れだし、静かな道を歩いているとウグイスの声と川の音が下から響いて聞こえてくる。坂を登って平になると洞杉らしき木がチラホラと目に付く。奥の方に道幅の広いところがあり、ベンチとロープが張られてどうぞご覧くださいというロケーションの中に大きな明らかに洞杉らしい木がどんと有った。
    巨木は大概こういう囲いの中にある。この国はどこでもそうだ。それが悪いというつもりはないが、そうでない外国の巨木にあってみたい思いが湧いてきてしまうのはオイラだけだろうか。
    洞杉に会うまで林道を走ってきたのだが、やたらとドキドキしていた。新潟の将軍杉を見た時のあの感覚が蘇ってくる。根元を一周するのが怖かった。巨木に圧倒されていた。
    この先にある巨木はどんなものなのだろうかと思うと、どうしてもドキドキしてしまったのだった。
    しかし期待に反し、洞杉の感想はというと そうでもなかった。会った瞬間にドキドキ感はすーと引いていった。
    対岸の綺麗な山々を眺めながら立ち食いをすることにした。バイクのハンドルに付けた腕時計は12時を回っていた。林道脇で沢の水を汲んで沸かしてインスタントラーメンを作って食べる。もちろん具には野草を摘んで入れる。クズの芽を4本と香りと苦味の強いヨモギのてっぺん葉ひとつまみ。3分待ちの時間にコンビニで買ったフィリピンバナナを食べる。正直うまくない。バナナはやっぱり台湾に限ると思う。なんでバナナ?それには理由がある・・・商店で道を聞いた際、そのまま立ち去ることが申し訳なく、つい買ってしまったのだ。トイレを借りるときもやはりそうなってしまうのだった。
    今日はこのあと国道8号線に出て、富山市を抜け一気に金沢市のちょっと向こう鶴来町まで走る。距離は約155キロくらいだ。もうすでに1時半になりそうだ、5時ころにはつきたいと思う。
    〜とうぶんつづく〜
  • 『レッツ所得補償A』 by葉
    〜前回までのあらすじ。
    民主党の農業振興策、麦の戸別所得補償を受給するべく動き出したきんぴら工房。
    しかし、動けば動くほど、知れば知るほど、ニョキニョキと新たな問題急浮上。
    まるで雨後の竹の子の様。モグラ叩きじゃあるまいし、まったく勘弁してほしい。
    受給するための前提条件、JAによる品質検査。
    北は松本、南は塩尻。両者の間を往復し、ようやく麦の等級検査まで漕ぎ着けたかと思いきや……。
    「検査袋は既に準備されていますか?」
    「え?検査袋?」
    「はい、そうです検査袋です。等級検査を受けるためには、規格を満たした専用の検査袋を購入して頂かなくてはならないんですよ」
    と、やっぱり話が通らなかった。
    「あれ?ホームセンターとかの袋じゃ駄目なんですか?」
    「駄目ですね。規格が違っていますから」
    すげなく断り否定されてしまう。
    「……それって、毎年新しいものを買わなきゃならんということですか?」
    「そりゃそうですよ」
    当然でしょうといわんばかりに頷いてみせるJA職員。
    「……専用の検査袋って一体どこが違うんですか?」
    「枠です」
    「わく?」
    「検査結果を書き入れる枠が同一でないと困るんです」
    「…………。えーと、市販の袋に枠だけ手書きで書き加えたりは……」
    「はい?」
    「……いえ、なんでもないです。ハイ」
    「そうですか。JAの袋を受注している馴染みの業者さんがいますので、塩尻のJAを通してそちらに頼まれるのが良いと思いますよ」
    にこやかな笑みで席を立ち、奥へと引っ込む職員さま。
    …………ナァンテコッタイ。
    タヌキに化かされたような気分で松本ハイランドを後にする。
    等級検査の一択化。
    検査袋の強制購入。
    独占という二つの文字が頭を掴んで離れない。
    ……なんか、すごい嫌な感じ。
    振り返り見たハイランドは、灰色の空模様と相まって何だかひどくくすんで見えた。
    さて、気分が重くなったところで、再び塩尻のJAに向かう。
    本日二度目の訪問だ。中に入って受付で、かくかくしかじか用件を伝える。
    「ははあ、小麦の検査袋ね……。でも、うちでは大麦の検査袋しか取り扱っていないわなあ?」
    「いやいや、大麦用の検査袋を小麦用に手直しして発注すれば済む話だわ」
    年配の職員さん二人があれこれと世話を焼いてくれる。
    「にいさん、それで検査の方はどうするね?」
    「あ、検査の方は大丈夫です。松本のJAで引き受けてくれる事になったんで……」
    「マツモト?なんで?」
    「え?なんでって……」
    「そんな遠くでやらんでも、うちで検査すりゃいいだろに」
    「……んん?」
    なんだ?何だか話が噛み合ってない?
    「えーと、塩尻のJAじゃ、小麦の検査は出来ないんですよね?」
    「出来るよ」
    「え!?」
    出来るんですかい!?
    「いや、でも、前に来た時は出来ないからって断られたんですけども」
    「えっ!?そりゃおかしいな……?ちょっと確認してみるわ」
    小走りに奥へ引っ込んで、他の職員と話すおじさん。
    二分と経たずに舞い戻り、やはりと大きく頷いた。
    「間違いないわ。過去に一度もやったことは無いけれど、検査自体は受け付けているよ」
    「あーぁ……そうか、そうですか。そしたら塩尻の方が近いんで、こちらにお願いしてもいいですか?」
    「ああ、いいよ」
    一体何なんだろうこれ。
    結局、二度手間だったってコト?
    したらば、別に松本まで行かなくて良かったじゃんか! 無駄足以外の何物でもない。
    なんともかんとも遣りきれない。
    おのれJA!許すまじ!……なーんて事は口には出さない。
    下手に相手を非難して依頼を反故にされたら敵わない。
    何しろ相手はマンモス企業。表面上は穏やかに、スルーするのが正解だろう。
    まあ、顔には出ていたかもしれないけど。
    そこは笑って流して欲しい。
    「ああ、そういえば……、検査する小麦のヒンシュは何なんだい?」
    「うえ?ヒンシュ?」
    とっさに頭が働かない。
    「ヒンシュ、育ててる麦の種類だよ」
    ああそうか、品種ね品種。小麦の種類の事なんて、今までまったく考えてなかった。
    「えー、と、そうですね……」
    畑を思い浮かべながら、麦の名前を挙げていく。
    「今育ててるのは南部小麦と黒小麦とスペルト小麦とライ麦……」
    「ちょ、ちょっと待ってくれや、にいさん」
    慌てて両手を振るおじさん。
    「クロコ……すぺると……なんだって?」
    「ん?……黒小麦とスペルト小麦、ですけど」
    「……おい、おめえ、それ知ってるか?」
    「いや、そんな麦は見たことねえぞ……」
    「え?」
    「そういう麦は補償の対象になんのかね?」
    「そもそも検査できねえんじゃねえか……?」
    「え?え?」
    なんだって?
    「一度センターに訊いてみた方がよくねえか?」
    「おお、それがいい。ちょっくら、電話してみるべ」
    早速その場で連絡を取り、黒小麦やスペルト小麦に関する極簡単な質問に答えた。
    後は相手の返事待ち。結果が分からない内は話が先に進まないので、自宅に帰ることにした。
    ……それから二週間前後、センターと自分との間で幾度か電話の応答があった。
    結論から言うと、黒小麦とスペルト小麦、ライ麦の三種に関しては、資料不足から検査不可能ということで、補償の対象には成り得ないという事となった。
    残るは南部小麦だが、収穫量が他と比べて少ないのに加え、これから先、作付け面積を増やす予定も無いということで、頑張って検査する必要はないという話になった。
    つまり、ここまで三ヶ月に及んで引っ張ったにも関わらず、北へ南へ奔走したにも関わらず、戸別所得補償制度はきんぴら工房のスタイルにそぐわないという結果となってしまった訳です。
    等級検査の実際を期待されていた方はごかんべん。 やっぱり中止になったか、と、見事予想が当たった方はおめでとうございます。
    ふー……ああ、くたびれた。
    徒労感がたまりませんなあ。
    ……まあ、結果だけ見ると大玉砕に終わってしまったわけですけれども、しかし一方で、なんか色々と考えさせられる経験だったことは確かでした。
    戸別所得補償に限らず、政府主導の制度ってのは融通きかないんだろうなー、とか。
    そもそも財政破綻で身を崩している輩から金をせびるのはどうなんだー、とか。
    パンの質を落とさずに所得を増やす為には一体どうするべきかなー、とか。
    作付け方針を見直して、来年からは自家栽培の小麦粉だけでパン用小麦をまかなえるようにしようー、とか。
    課題収穫は山積みだ。
    骨は折ったが損はしてない。
    骨を折って益を生むべく、これから先も頑張ります。
    具体的にはとりあえず、目先の麦を刈り取ります。

  • 「お知らせ」
    ★読書紹介
    『3・11後を生きるきみたちへ』
    たくきよしみつ著  ・岩波ジュニア新書
    福島第一原発から二十五キロ圏内にある川内村に暮らしていた著者が、原発事故当時の様子から2012年現在までの状況を、地元の人々の事例を取りあげながら、非常に丁寧に纏められた本です。 震災以後に読んだ関連本の中で、間違いなく一番おすすめ。
    当時を振り返るだけでなく、これから先の問題に立ち向かうためにも、非常に役立つ一冊です。


    ★今月のきんぴらパン。
    一番人気……『すなふきん』
    ・今回紹介するパンは、黄色い顔した人気者、すなふきん。
    多分、きんぴら工房で一番売れているパンです。
    生地にかぼちゃを練りこんだパン。と、言ってしまえばカンタンですが、折角ですんでじっくりと、このパンが作られるまでの行程過程を見ていきたいと思います。
    【すなふきんの作り方、その1】
    まず種を植えます。
    え?パン種のことかって?
    やだなあもう。そんなわけ無いじゃないですか。いうまでもなくかぼちゃの種です。
    市販の種は使わずに、去年育てた自前の種を4月あたりにポットに蒔きます。
    5月半ばを過ぎたあたりで苗を畑に植えていきます。
    芽〜が〜出〜て〜♪膨らんで〜♪
    花がさいて〜♪実がなって〜♪
    とか、歌いながら炎天下、ひたすら除草に励むわけです。
    【すなふきんの作り方、その2】
    さて、秋の入り口9月ごろ。ようやくかぼちゃが収穫できます。 しかーし、これでパン作りに入れると思ったら大間違い。
    生のままでは使えません。
    下ごしらえが必要なのです。
    具体的には切って焼く。
    硬く分厚いかぼちゃの頭にブスリと包丁を突き立てて、繊維や種を掻き出して、サイコロ状に解体する。
    これが結構、というか大変に大変な作業でして。
    全力……とまではいかないまでも8割程度の力が必要。 調子に乗って張り切りすぎると、すぐに指が馬鹿になります。
    百を超える数ですから。自分と店長の二人がかりで三日程かけて消化します。
    扱ってるのは包丁ですし。油断すると血を見ます。下手を打つと骨まで見えます。
    【すなふきんの作り方、その3】
    さて、切り終わったかぼちゃ達は鉄板にのせて窯で焼きます。
    200℃前後で十五分程、……だったっけ?
    とりあえず芯まで火が通って表面がほんのり焦げるぐらいがベストです。
    焼き上がったかぼちゃ達は、しばらく置いて冷ました後に、ビニール袋に小分けします。
    一日の仕込みで使い切れる分量にしておこうという訳です。
    小分けしたかぼちゃは冷凍庫へGO。
    これで年間通じてすなふきんが作れるようになりました。
    【すなふきんの作り方、その4】
    さて、後は生地を練って寝かせて焼くだけです。
    難しいことは何もありません。
    すなふきんに表示されている材料をミキサーで練り混ぜ、ホイロで十五時間程寝かせて、分割、成形、窯で焼く!
    他のパン達と比べると生地が膨らみやすいので、初心者の方も失敗しにくいかと思います。
    以上!
    さあ、きんぴら工房の血と汗を存分に吸って生まれたすなふきん。
    ドラキュラのようなすなふきん。そのお値段は……なななんと、オドロキ桃の木170円!
    安い!あまりに安すぎる!
    そりゃあ人気が出てる訳だよ!
    苦労に見合っていない気がする!
    本当に儲けが出てるんだろうか……?
    心配になる今日この頃です。

    ★ポイントカード再開してます。
    ・震災後お休みしていた、きんぴら工房ポイントカードを再開しました。パンと違ってカードは賞味期限がないので、過去に作ったカードもそのまま問題なくお使いいただけます。

    ★ホームページあります。
    ・パンや小麦の通信販売、きんぴら通信バックナンバー、店長ブログや、原発関連情報など、様々な要素てんこもりです。
    自家栽培と天然酵母 農園パン屋きんぴら工房
    http://kinpira.zouri.jp/
    ※旧ホームページの頭からもとべます。

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